雨のブログ

人生の雨季に本を読む

【書評】ビジョナリー・カンパニー・ZERO(ジム・コリンズ著)

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Image by Jill Wellington from Pixabay 

中小企業向けのビジョナリー・カンパニー

言わずと知れたジム・コリンズさんの『ビジョナリー・カンパニー』シリーズは、世界で1000万部も売れた超ベストセラー(私は最初の1冊しか読んでいません)。同シリーズでは偉大な大企業を取り上げており、中小企業やスタートアップ企業の例は多くありません。その点、本書『ビジョナリー・カンパニーZERO』は、誕生したての企業がこれまでの『ビジョナリー・カンパニー』シリーズに出てくるような偉大な企業になるために、経営者としての心構えなどについて論じたもの。これから事業を興こしたいと考えている人に参考になるのではないかと思います。

約30年前の著作をアップデート

本書は、もとは1992年に刊行した『ビヨンド・アントレプレナーシップ』という書籍です。日本での翻訳出版はされていません。今回、前著に加筆してタイトルを『ビジョナリー・カンパニーZERO』に変更して再び出版したものの日本語翻訳版です。

見た目の特徴として、前著に元からある記述部分のページ色をグレーとし、加筆した部分のページ色を白として、どこが加筆された部分なのかを分かりやすくなっています。章ごと追加されたものが次の4つです。

「第1章 ビルと私の物語」
「第2章 最高の人材がいなければ最高のビジョンに意味はない」
「第5章 幸運は諦めない者に訪れる」
「第6章 偉大な企業をつくるための『地図』」

第1章はジム・コリンズさんの師のビル・ラジアーさんとの思い出話で、前著出版後の2004年に亡くなられたので追加されたものと思います。第6章は本書の全体を俯瞰する「偉大な企業をつくるためのロードマップ」の解説の章となっています。
それらを除く第2章と第5章が、今回出版するにあたり改めて言いたかったこと、つまり「仲間が大事」「諦めない心が大事」がいまの読者に伝えたいことなのだと思います。

仲間が大事

第2章では、最初にどのような人材に同じバスに乗ってもらうか、バスの座席はどの位置に座ってもらうかを決めよ、とチームづくりが大事だと言っています。誰と組んで事業を行うかが何より大事と。これが加筆してまで言いたかったことなのでしょう。第6章でも繰り返して書いています。

押しも押されもしない偉大で永続性のある企業を作る第5水準のリーダーは、まず「誰を(人材)」考え、その後に「何を(目標)」を考える。最初に正しい人材をバスに乗せ(そして誤った人材をバスから降ろし)、それからどこに向かうかを決めるのだ。(p263)

 

ジョン・P・コッター教授の『企業変革力』においても、変革を目指す最初の段階で変革チームを作ることを推奨していました。それと共通する考え方なのではないでしょうか。

 

epascal.hatenablog.com

 

事を成すには積極的にチームをつくることから始め、そしてチームには頼り合う文化がなければならない。なんとなくビジョンがあってそしてチームづくりのような気がしますが、本書もコッター教授もチームをつくったあとにビジョンをつくるという順番なのが興味深いです。

 

諦めない心が大事

第5章ではビジョナリー・カンパニーをつくるのに、「絶対に諦めない」というモットーを貫くことが大事だと説きます。しかし、そもそも「何を」諦めてはいけないのか、という問いに、本書ではそれは「会社」である答えています。

イデアは潰しても、変更しても、発展させてもかまわない。しかし絶対に会社を諦めてはいけない。(p249)

これは意外でした。本書の文脈では、リーダーが諦めてはいけないのは、「パーパス」や「ビジョン」ではないかと考えたからです。

会社は「パーパス」を実証するもの、「ビジョン」を実現するための道具ではないでしょうか。会社の存続に固執して「パーパス」を見失うことの方が、ありがちで怖いことではないかと思いました。この点で今回再版する際にあえて第5章を追加してまで、なぜ「会社」を諦めるなと訴えたかったのか、最後まで理解できませんでした。

 

なんか総花的な内容

組織づくりやリーダーシップについては、多くの成功企業の例から幅広い考察の上で一定の法則「ロードマップ」を導き出そうとしています。そのため、リーダーが守るべき原則をあれもこれもと盛り込んだ総花的な内容になってしまっています。しかもその内容は、現在では新味がないように思いました。本書の初版が出された1992年であれば本書の内容がまだ一般的でなく主張に新味があったのかも知れません。もしくは本書が契機となってその後議論が進んだのかも知れません。

しかし、現在では経営組織論やリーダーシップ論などで、社会心理学的な研究成果から導き出された理論がより洗練された形で提示されていて、現時点で読むと本書の新味を削いでいるのではないかと思います。

 

本書は、人を動かし、偉業を成し遂げるのに力強いカリスマ的人格は必要ないと言っています。

真のリーダーシップとは、従わない自由があるにも関わらず、人々がついてくることだ。(p78)

リーダーシップは「部下にやらなければならないことをやりたいと思わせる技術である」としています。

この定義は最近読んだ『謙虚なリーダーシップ』にも通じる部分だと思います。リーダーシップの基礎を、個人のカリスマ性など個性や才能によらず、訓練で身につけられる「技術」だとしているのは、現在では一般的な考え方なのでしょう。

 

epascal.hatenablog.com

 

その意味で、初版当時は先進的な議論をしているすごい本だったのだと思います。