雨のブログ

人生の雨季に本を読む

【書評】ワークマン式「しない経営」(土屋哲雄著)

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だんだんと朝晩が寒くなってきたので、冬用の服を買いに「ワークマンプラス」に初めて足を踏み入れました。私の知っている「ワークマン」は以前のふつうの「ワークマン」で、工事現場のおじさん用の作業着が棚に入れられて売られている専門店というイメージでした。「ワークマンプラス」はタウンユースにも耐えられるデザインの服がカラフルにディスプレイされたおしゃれなお店になっていました。

この劇的な方向転換の仕掛け人とされるのがワークマンの土屋哲雄専務。土屋専務が書いた『ワークマン式「しない経営」』を読むと、そこには周到に準備されたシンプルな戦略が隠されていたことが分かりました。

著者の紹介

本書の著者は、ワークマンの専務である土屋哲雄さん。ワークマン創業者である土屋嘉雄会長(当時)の甥だそうです。そういうポジションもあって自由にできたのかも知れませんが、ご自身の経歴も立派なもの。三井物産に入社後、海外子会社や三井物産デジタル社長、三井情報取締役も含めて30年勤め上げ、当時の会長の誘いを受けて還暦でワークマンに参画したそうです。

「しない経営」と「エクセル経営」の両輪

ワークマンに入社後の施策も、本書にはいろいろ書かれていますが、大きくは「しない経営」と「エクセル経営」です。

「しない経営」とは一言で言えば、「ワークマンらしくないことはしない」ということ。「値引きはしない」「デザインを変えない」「顧客管理をしない」「取引先を変えない」など、冷徹な自己理解のもとに「やるべきこと」を絞り込んだ結果の「しない経営」と言えます。言うは易しで、実践することがなかなか難しいことをやりきったところが素晴らしいと思います。

しかし、本書の出色は「エクセル経営」だと思いましたので、以下は「エクセル経営」を中心に触れることにします。

「エクセル経営」の進め方

まず、「エクセル経営」とは何か。簡単に言えば、「社員みんなでエクセルを使ってデータに基づいて考える経営」です。

「エクセル経営」は一朝一夕にできたわけではなく、土屋専務はCIO就任後、2年を費やしてエクセル講習会を社員全員を対象に行ったそうです。その際の講習のレベルは決して高度なものとしなかったとのこと。全員経営を目指すには全員が参加できる内容でなければならないという思いからです。

「エクセル経営」の進め方を図式化すると以下のとおりです。

  1. 「エクセル経営」を経営計画に入れる
  2. データ活用教育を早めに始める
  3. データ分析チームをつくる
  4. データ分析チームの成果をほめる
  5. 「エクセル経営」の制約条件を取り除く
  6. 経営者もデータ活用して改革を推進する
  7. 全員参加型の経営へ

小さな改革チームを組成し、小さな成功を積み重ねて、徐々に大きな組織へと改革を波及させていく。これはコッター教授の『企業変革力』にあった変革の8つのステップをなぞったものと言えます。この点からも「エクセル経営」が企業変革を目指した施策だったということが伺えます。

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「エクセル経営」を浸透させ、勘と経験による意思決定を、データに基づく意思決定に変え、誰でも参加できる経営へと変革を進めるなかで、新業態の「ワークマンプラス」を成功させます。ワークマンプラスの店舗数はすでに222店舗。ワークマン663店舗と合わせた885という店舗数は、ユニクロの国内店舗数を上回るほどです。

「エクセル経営」による企業風土改革

本書を読んで、企業風土の改革まで見据えて「エクセル経営」の施策を考えているところが、素晴らしいと思いました。

社員みんながエクセルを使えるようになるのは通過点で、エクセルが使えることでデータを読み取る力も育てることができます。データに基づいて議論ができるようになれば、役職の有無や社歴の長短に関わらず、フラットに議論することができ、そのフラットな関係が、市場の変化を感じ取る現場の力につながります。

本書では「「しない経営」でブルーオーシャンを切り拓け」としていますが、「ワークマンプラス」というブルーオーシャンが見つけられたのは、むしろ「エクセル経営」が寄与したのではないかと思いました。

「エクセル経営」で、現場でもデータを読み取る力が育ち、そこにデータの異常値から新たな事業の萌芽を感じ取る。ワークマンプラスという新業態のブルーオーシャンに乗り出す勇気を得られたのも「エクセル経営」をベースにした社員のデータへの感度の高さで、経営の方針が間違っていればすぐに気づけるし、間違っているとの情報が共有される基盤があるからこそではないかと思いました。

 

巻末の早稲田大学・入山章栄教授との対談の中にも、「エクセル経営こそDXだ」との発言がありました。ワークマンにおいてはまさにそのとおりで、「エクセル経営」が組織風土改革を含めたデジタル変革そのものだったと言えます。

 

組織風土を含めてどうなっていたいかというあるべき姿を思い描き、それに向けてコツコツと施策を打ち、データに基づきフラットに議論し、間違いが見つかれば速やかに是正し、それでもやり切る。そういう姿勢が、不確実な事業環境における組織経営には大切なのだと学びました。