雨のブログ

人生の雨季に本を読む

【書評】戦略質問(金巻龍一著)

f:id:epascal:20211208093959j:plain
Photo by Christina @ wocintechchat.com on Unsplash
中小企業診断士として経営者とこんな丁々発止の真剣勝負をしてみたいと思える本でした。
著者が工業化と呼ぶ、調査や調整に何ヶ月もかけて大勢で作り上げる経営戦略策定のプロセスではとがった戦略もカドが取れて凡庸になりがち。いっそ戦略の核となる発想の部分だけを経営者とほか数名だけで40分一本勝負で固めていった方がエッジの立った戦略が出来上がるのではないかというアイデア。しかもコアな質問は10個だけ。ワクワクします。

著者の紹介

著者の金巻龍一さんは、IBMPwCコンサルティングを買収した際の、PwC側統合リーダーを務め、その後、日本IBM執行役員をやられていた方。

少人数・短時間で戦略策定するアイデア

企業の経営戦略といえば、戦略コンサルタントが入り、市場調査などの情報収集を行ない、経営陣や各部署の代表を集めてディスカッションという名の社内調整を繰り返し、多額のお金と数ヶ月の時間をかけて作られるものというイメージがあります。
最近は経営戦略の策定手法も洗練されてきて、手順が「工業化」し、金太郎飴のようにどこの会社も同じような戦略を描くようになってきたキライがあります。それは上記のような策定手法を経るうちに、調整に調整を重ね誰からも批難されないようなカドが取れた内容になってしまうためではないでしょうか。しかし、戦略策定プロジェクトのオーナーとしての経営者は、本当にそれを望んでいるのでしょうか。もしかしたら、さっと1、2枚の資料で議論したいのではないでしょうか。そういう発想で、戦略のコアの発想の部分だけを切り出して、少人数・短時間で戦略策定することをサービス化するというアイデアの本です。
もちろん、市場調査など必要な情報のインプットは必要ですし、戦略の遂行にあたって合意を得る手順なども必要にはなってきます。これまでの戦略策定の手順がすべて無駄ということではありません。
しかし、戦略のコアな部分は経営者の頭の中に既にあり、さまざまな角度からの「戦略質問」によって結晶化・言語化されるのを待っているだけではないでしょうか。そうして出てきた戦略のほうが、経営者自身だけでなく従業員もワクワクするような、実現したくなるものとなるように思います。

10個のコアな戦略質問

戦略のコアに切り込む10の質問は以下の通り。ただ、これらの質問の背景にある戦略的意図は本書をじっくり読んで噛みしめたいです。

  1. この戦略の成功により、社員はどのような恩恵を受けますか?
  2. 現在の組織にある課題がすべて解決したとしましょう。あなたの会社は何が実現できているのでしょうか?
  3. もし、あなたの会社が、今、突如この世から消えたら、誰が悲しむでしょうか?
  4. あなたの会社や事業が、このままの状態だとした場合、その「X-Day(終焉)」はいつ頃来ますか?
  5. あなたの会社は新しい戦略を策定されましたが、それにより、どこが弱くなりますか?
  6. あなたの会社の社員は、自分のお子さんたちを、自分の会社に入れたいと思っているでしょうか?
  7. あなたの会社でのかつての「南極探検」はなんですか?
  8. あなたの会社が「世紀の大番狂わせ」をするとしたら、それはどんなものでしょうか?
  9. あなたの会社の社員が他の会社に移られた場合、その方々は大活躍する予感がありますか?
  10. 今回の戦略の実現を、既存の組織分掌を考えずにとにかく最適な人間に任せるとした場合、誰にやらせたいですか

5番目の質問などは、戦略は何を行わないかを決めるものだ、ということが落とし込まれているかを裏から聞いているものです。つまり、ある戦略を決断したとたん、手を打たない弱い部分が出てくるもので、それは了解済みのことであるべきだということです。
これらの質問だけを武器に経営者と対峙するには、コンサルタント側にも相当な勉強が必要なように思います。
本書でも書かれているとおり、この戦略質問は大企業より中小企業のオーナーの方が響くと思います。大企業に比べて劣るリソースで不断に戦略的決断をおこなっているためです。
私も中小企業診断士試験に受かったら、こんな戦略質問をもとに、中小企業の経営者と丁々発止のやりとりをしてみたいです。

戦略コンサルタントとの真剣勝負

経営者はどんな本を読んでも、頭の中では本書のような質問形式に変換して、著者と対話できているのかも知れません。しかし、一般人の私には本書のように鋭く質問してもらわないと、思考が固まってきません。そのため読み進むほど普段は思いつかないような発想が出てきたり、隠れた想いが言語化できたりと、ワクワクする本でした。戦略コンサルタントと一対一で真剣勝負をしているような感覚を覚え、あっという間に読み終えました。
コアな10個の質問だけで経営者の頭の中にある戦略の核心に切り込んでいくところに凄みを感じました。