雨のブログ

人生の雨季に本を読む

【書評】経済学に何ができるか(猪木武徳著)

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経済学ってナンなん?

むかしから経済学が苦手で、言っていることは分かるのだけれど「で、それが何なの?」という思いが拭えません。

休職中に時間があったので、経済学への苦手意識を取り去りたいと薄い入門書から分厚い教科書まで図書館で借りて読んでいました。それでも理解できず。

やはり経済学って役に立つの?と思っていたところに、「経済学に何ができるか」というタイトルの本書を見つけたので、読んでみました。

著者の猪木武徳さんは、元大阪大学経済学長で、大阪大学名誉教授です。労働経済学がご専門とのこと。クラシック音楽にも造詣が深く、新潮社の「考える人」というサイトで持っていた連載が最近『社会思想としてのクラシック音楽(新潮選書)』という本になっています。

社会思想としてのクラシック音楽(新潮選書)

 

経済学は完全な治療法が求められて困る

医学はすべての人間の病を治癒できないことは了解されているのに、経済学は国民経済の病への「完全な治療法」を求められるという恨み節(?)から本書は始まります。
経済学は、人間社会の何を、どこまで説明できるのかを、経済学の議論を歴史的に捉え直す方法で、以下の制度や慣行などについてコンパクトに明らかにしていきます。

  • 税と国債
  • 中央銀行
  • インフレーション
  • 不確実性と投資
  • 貧困と失業
  • 所得格差
  • 学問の自由と知的独占
  • 消費の外部性
  • 間組
  • 分配と正義
  • 幸福

いずれも経済学での議論の歴史を踏まえ、これら経済制度や慣行がどうして求められたのかを示してくれています。中央銀行の項目では、経済学では中央銀行不要論というものがあって、存在するのが当たり前と思っていた中央銀行の存在理由について議論が進行中ということを知りました。

経済学にできることは限られている

最後の章では、「経済学に何ができるか」と銘打ちながら、経済学にできることは経済学的な側面での回答を準備するところまでに限られていて、あとの問題解決は民主的な過程を経て解決されるべきだとします。

この世の多くの問題が、「純粋に経済的」ではないとすれば、経済的な側面に限定してその問題にメスを入れる経済学だけではその問題は解決しないはずだ。だからこそ、経済学者による専門的判断だけではなく、健全な価値観と判断能力を持ったアマチュアの生活者としての知恵も必要とされる。賢明なアマチュアが提示した回答や疑問に対して、経済学からの回答を経済学者は準備しなければならない。しかし、経済学の役割はここまでである。(中略)あとはデモクラティックな過程の中で議論を重ねながらなんらかの合意に達する道を探るというのが、リベラル・デモクラシーの文明社会に住む人間の義務と責任なのである。

かと言って、決して無力なわけではなく、本書に記された社会問題に対する経済学的な回答が、その問題の解決に向けた議論を促進する役割は大きいと思います。

貧困問題への経済学的解決策は

また、貧困問題や失業問題は本書に書かれているとおり、近年問題が発見され、経済的な対策が行われています。対策の例として家賃統制や最低賃金法、失業保険を本書では挙げています。しかし、それらだけでは不十分で、経済的格差は広がる一方です。貧困問題は利害や価値観が複雑に絡みあって解決の糸口がつかめない状態になっているようにも見えます。経済学者には、そのような貧困問題に対して経済学的な側面だけでもいいから、解決の糸口となる方策を示してほしいと思います。

ところで、2019年にノーベル経済学賞は貧困問題をテーマにした研究だったのですね。不勉強でした。受賞者のアビジット・V・バナジー教授、エステル・デュフロ教授の共著である『貧乏人の経済学』が貧困問題の「糸口」となっているのかも知れません。私も経済学を毛嫌いせず、教科書的な本ではなく、テーマを絞った経済学の本にも手を伸ばし、理解を深めてみようと思います。