雨のブログ

人生の雨季に本を読む

【書評】「言葉にできる」は武器になる。(梅田悟司著)

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アウトプットしたくても言葉が出てこない

『アウトプット大全』を読んで「ふむふむ、なにはともあれアウトプットしないことには世界は変わらないよね」などと、これまでのアウトプット不精を反省したところです。
 思い直していざ読んだ本の感想を書いてみようとパソコンの前に座っても、一言も出てこない。うんうん唸った末に絞り出した文章も後で読み返してみると、どうも「これじゃない感」が強く押し寄せてきて結局全削除、といったことを繰り返して先に進みませんでした。どうして考えていることをうまく言葉にできないのかと悩んでいたときに書店で本書に出会い、『「言葉にできる」は武器になる。』というタイトルに惹かれて手に取りました。

著者は電通のコピーライター

著者の梅田悟司さんは電通のコピーライターで数々の賞を受けているいわば言葉のスペシャリスト。缶コーヒーのジョージアのCMで世界観が印象的だった『世界は誰かの仕事でできている』も梅田さんのコピーライティングです。

 

「外に向かう言葉」と「内なる言葉」

よく人に伝えたつもりできちんと伝わっていないというときに、話し方や文章のレトリックを改善しようとしてしまいがちですが、本書ではそのような「外に向かう言葉」ではなく、「内なる言葉」を磨くことを提唱しています。ここでいう「内なる言葉」とは、日常のコミュニケーションで用いる言葉とは別で、無意識のうちに頭に浮かぶ感情や、自分自身と会話をすることで考えを深めるために使っている言葉をいいます。著者の梅田さんは長年のコピーライターの経験から、スキルに頼り一足飛びに言葉やコミュニケーション力を向上させられるという「幻想」を持つことを止めたといいます。その代わり「言葉が意見を伝える道具であるならば、まず、意見を育てる必要がある」というシンプルな原則に達したそうです。
志を持つには、自分が行おうとしていることに対してどれだけ本気で向き合っているかにかかっている。
 
「伝わる」と「動きたくなる」の間にあるもの、それは志を共有しているかどうか。自分の考えに確固たる自信を持つためには、考えを深めることが必要不可欠だ。そのために「内なる言葉」に意識を向け、本当に成し遂げたいことは何かを自身に問いかけ、答えを出し続ける必要がある。
「こういう言い方をすれば、周囲を巻き込むことができる」といった技術は世の中にはん濫している。しかし、これらはあくまでコミュニケーションを円滑にするための道具でしかなく、志を持つことにも、真の意味で思いを共有することにも寄与しない。言葉を磨くことは、語彙力を増やしたり、知識をつけることではなく、内なる言葉と向き合い、内なる言葉を用いて考えを深めながら自分を知ることから始まると言える。

「なかなか伝わらない」とか言ってないで、まずは「内なる言葉」にフォーカスして考えを深め、自分の意見を育てることから始めなさい、とのことでした。おしゃる通りです。

洗練されたKJ法

では、どのように意見を育てているのでしょうか。梅田さんは、自分の中の「内なる言葉」を磨く思考サイクルという方法を提唱されます。それは、
①頭の中のあらゆる考えをすべて書き出す
②「なぜ?」「本当に?」を繰り返す
③グルーピングする
④視点を拡張する
⑤時間を置いて、きちんと寝かせる
⑥逆転の発想
⑦違う人の視点から考える
この思考サイクルはいわゆるKJ法を洗練させたもののように思います。すべて書き出しグルーピングして配置し、様々な視点から眺めるという点はまさにKJ法を使って探る手順そのものでしょう。ある意味、以前からある安定した手法といえます。①の頭の中のあらゆる考えをすべて書き出すのはできるだけ頭を使わず、大きな白紙を広げてやるのが良いとされています。とにかく深く考えずにどんどん書き出す。でもこれやってみると案外難しい。慣れないと10個も書けば疲れて思考が止まってしまい、50個、100個と続いていきません。ただ、それくらい書かないと頭の中をすべて書き出せたとは言えないと思います。
⑤の考えをきちんと寝かせるというのは、アイデアづくりの古典的名著とされるジェームズ・W・ヤングの『アイデアのつくり方』でも言われていることで、アイデアを生み出すためには必要な段階なのでしょう。

もしかすると「U理論」なのかな?

また、読んでいて気づいたのですが、この「内なる言葉」にフォーカスして思考の解像度を上げる梅田さんの手法は、「U理論」にも近い印象を受けました。本書の「①頭の中のあらゆる考えをすべて書き出す」や「②「なぜ?」「本当に?」を繰り返す」は、「U理論」でいうところの「ダウンローディング」。最後の⑤きちんと寝かせて化学反応を起こす(待つ?)ところは、自己を超越した知に出会う場とも言え、「プレゼンシング」に相当するのではないでしょうか(まだ「U理論」自体、よく理解できていない部分があるのであくまで仮説・第一印象です)。

言葉で人を動かすことはできない。動きたくなる空気をつくる 

本書の第3章に「プロが行う「言葉にするプロセス」として修辞的な技法等の解説もなされていますので、手っ取り早くコピーライターのテクニックを知りたい方は、第3章だけを読んでも良いかも知れません。
しかし、本書のキモはやはり「内なる言葉」の磨き方にあります。梅田さんはこう言います。

言葉で人を動かすことはできない。動きたくなる空気をつくる。

いくらレトリックを駆使しても言葉で直接人を動かすことはできないのです。我々にできるのは人に動いてもらえるよう促す空気をつくることだけということです。それには人の心を動かすような思いを共有するしかありません。
私には言葉に思いを乗せるのも難しいですが、まずは思いを言葉にできるようにすることが当面の課題です。自らの内面に向き合い、まだ線香花火のような小さな火かも知れませんが、燃やし続け、言葉という明かりに変え、外に出していこうと思います。
その方法が本書第2章に詳しく書かれていますので、ぜひとも午前中の頭がスッキリした時間帯に「内なる言葉」を書き出すための白紙を前にじっくりと取り組むとしましょう。