雨のブログ

人生の雨季に本を読む

【書評】失敗の科学(マシュー・サイド著)

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Photo by Liza Summer from Pexels

『失敗の科学』というタイトルからは、失敗が起こる原因を科学的に分析して、失敗の発生を最小限にする方法を探る本かと思ってしまいます。しかし、本書は失敗を無くすどころか、むしろ失敗が無くならないことを前提に失敗から学ぶマインドセットが大事だと主張する内容の本でした。

著者の紹介

著者のマシュー・サイドさんは、1970年生まれのジャーナリストで、イギリス『TIMES』紙のコラムニスト。元卓球選手という経歴もあります。
TEDで本書と同じテーマをプレゼンしている動画がありました。見た目、涼しげですね。

最近では『多様性の科学』という似たタイトルの邦訳本が出版されています。こちらは未読ですが、タイトルから類推するに、多様性ある社会の到来は不可避なもので、多様性から学ぶマインドセットが今後大事になってくるという内容でしょうか。いずれ読んでみたいと思います。
多様性の科学 画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織

失敗が無くならない人間的理由

なぜ失敗が無くならないか。失敗が無くならないのは以下の理由から、人がその失敗を反省することが難しいからだということです。

  • 人が失敗を隠したがるもの
  • 人は間違いを認めたがらない
  • 人は無意識に自分の記憶を編集して間違いを無いことにしてしまう
  • 人は物事を単純化して理解してしまう
  • 人はわかりやすい物語に引きずられてしまう
  • 人は非難や罰則を強化してしまい却ってミスの隠蔽を促してしまう

誰でも自分はミスするとは思いたくないですし、ミスしたとしてもそれを認めるのは難しいですよね。
(自分のミスは棚に上げて)他人のミスに対しては厳しく当たる人もいます。
そういう人が組織のリーダーだったりすると、メンバーはミスを隠蔽したり、ミスを発生させなくなるための提案を行わなったりするなど、却って果たすべき責任を果たさなくなるというエドモンドソン教授(『チームが機能するとはどういうことか』の著者)の研究結果が本書では取り上げられていました。わかるわかる。

航空業界と医療業界の失敗へのアプローチの違い

航空業界と医療業界はいずれも失敗があると人の命に関わる業界ですが、失敗に対するアプローチの仕方が全く異なるということです。
航空業界では通常、パイロットは正直に、オープンな姿勢で自分のミス(ニアミスや胴体着陸)と向き合い、また事故調査のため、強い権限を持つ独立の調査機関が存在します。事故の報告書はわかりやすい形でまとめられ、全航空会社、全パイロット、全監督機関が、ほぼリアルタイムで新たな情報にアクセスでき、ほぼ瞬時に世界中でデータが共有され、業界内に浸透していきます。

これに対し医療業界では、失敗から学ぶシステムが整っていないことに加え、たとえミスが発覚しても、学びが業界全体で共有されないし、浸透速度は慢性的に遅いと本書は述べています。ある調査では、新しい治療法がアメリカ国内の患者に適用されるまで平均17年かかっていることがわかったそうです。医療業界では解剖に対しても後ろ向きだそうで、近年の調査では、医療事故かどうかに関係なく、もし病院から解剖を求められれば了承すると答える遺族が約80%いるのに対し、解剖は全死亡者の10%に満たないとのこと。その結果として、今後の患者の命を救うための学習機会は大きく失われていると本書は主張します。
そして同様のことは冤罪をうむ裁判システムでも起きていると本書では述べられています。

失敗から学ぶ

そもそも失敗は無くならないし、失敗があったおかげで航空技術も医療技術も裁判技術も発展してきたといえます。
失敗は機会で、学ぶチャンス。
むしろ失敗を管理し、失敗から学ぶ姿勢が大事なのではないでしょうか。不確実性が増す世の中で、今後失敗は不可避だ。むしろ失敗から学び、成長していくことの方が大事になってくるはずです。

失敗は、予想を超えて起こる。世界は複雑で、すべてを理解することは不可能に等しい。だから失敗は「道しるべ」となり我々の意識や行動や戦略をどう更新していけばいいのかを教えてくれる。(p50)

失敗が起こる前提の仕組みを作るべきということですが、本書ではその仕組みの例として「ランダム化比較試験(RCT※)」や「事前検死」といったツールを挙げています。
※:Randomized Controlled Trialの略
いずれも試行錯誤の手法のようです。Lean StartupにおけるMVPやWebサイトのA/Bテストも同じ考え方で、あれこれ考えるよりも先にユーザーに使ってもらってその反応を確かめながら最適化していく。適切に失敗して、失敗から学ぶ考え方なのだと思います。

失敗を機会にできるリーダーシップを

本書を読んで、RCTや事前検死よりももっと手近なところで、いま流行りの職場の心理的安全性が大事なんだろうと思いました。

  • 不確実な世の中
  • 試行錯誤が必要
  • 失敗から学べ
  • 失敗を隠さない、失敗を許容すべき
  • 心理的安全性の確保が大事

という論理の流れは、『チームが機能するとはどういうことか』や『なぜ人と組織は変われないのか』や『謙虚なリーダーシップ』にも出てきた馴染みのある流れですね。


航空業界のように、失敗を個人への非難へ帰することなく、学びの機会として捉え、全体の発展のために役立てるということはぜひ実現したい職場環境です。
しかし、組織のリーダーがそういうマインドにならないと難しい。失敗から学べない、ある意味成熟していないリーダーの下では、いつまでも失敗を繰り返し、その失敗も隠蔽され、変革の機会すら気づかないうちに逸してしまう、そういう組織になってしまうでしょう。
部下が失敗したら、なぜその失敗が起こるのかを個人ではなくシステムとして捉え、リーダーも問題の一部として学び、自ら変わり、成長していくことが大事になってきます。失敗した部下にパワハラしている場合ではないのです。