雨のブログ

人生の雨季に本を読む

【書評】両利きの経営(チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン著)

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企業が、サクセストラップに陥らず、パフォーマンスを上げ続けるには、(1)自社の持つ一定分野の知を継続して深掘りし、磨きあげていく「深化」と、(2)自社の既存の認知の範囲を超えて遠くに認知を広げていく「探索」の両方が大事だという主張の本です。

サクセストラップ

企業には、事業が成熟するに伴いどんどん(1)の「深化」に偏っていく傾向があることが知られています。
なぜなら、企業は社会の中で相手に信頼される必要があり、そして社会から信頼されるには安定性・確実性が絶対条件になります。納期を守らない、思っているような品質のサービスを受けられないとなれば、誰も自社の製品・サービスを買ってくれません。したがって、企業は、社会で信用を得るために、ルーティンワークをこなし、納期を守り、四半期ベースで正しい数字を出すことで、事業を安定させようとするからです。まさに、「深化」の行動です。
また、人や組織は認知に限界があるので、どうしても目先を見がちになるのは、私自身に引き寄せて考えても理解できます。未知の分野へ乗り出すには不確実性が高く、コストがかかるので、「探索」的行動はどうしても敬遠されがちになります。
さらにいえば、ひとたび成功して「自分のやっていることは正しい」と認識すると、自分の認知している世界に疑念を持たなくなり、そこから抜け出せなくなるのです。
このように、成功している企業ほど「深化」に偏って、結局はイノベーションが起こらなくなる状況を「サクセストラップ」と呼びます。

探索と深化の両利きの経営が求められる

イノベーションのジレンマ』を著したクリステンセン教授は「組織は破壊的変化に直面すると、探索と深化は同時にできないので、探索に当たるサブユニットをスピンアウトしなくてはならない」と主張しています。確かに、過去から継続している事業を遂行するユニットと、未来を切り開くための活動をするユニットを切り離すことは戦略的に筋が通ります。『エッセンシャル思考』でも、サンクコストを無視してやるべきことを絞り込めと訴えていました。
epascal.hatenablog.com

しかし本書は異なります。必要なのは単純に探索ユニットを分離するのではなく、ターゲットを絞り込んだ統合、新規事業に対する経営上層部の強力なバックアップ、組織全体のアイデンティティなどをはじめとする、より高度な分離であり、探索と深化を同時に実践すること(「両利きの経営」)が求められるというのが本書の主張です。

両利きの経営を実践するための4つのポイント

本書では、「両利きの経営」を実践するために4つポイントを挙げています。このうち1つでも欠けると両利きの経営がうまくいかないとしています。
それは、

です。それぞれ内容を見ていきましょう。

「戦略的意図」

本書では第6章に様々な企業がどのような戦略的意図をもって探索と深化を同時に進めたかを例示しています。
しかし、一般化できる洞察を導き出すのであればむしろ第8章の「戦略的刷新が適切かどうかを理解する」の項の方が内容としては適切だと思います。
すなわち、企業は常に探索と深化を同時に進める必要があるわけではないため、自社が戦略的に刷新を行わなければならない時期かどうかはどうやって見定めるべきか。そのポイントとして、以下の4つを挙げていることが参考になります。

  1. 成長機会が限られた成熟期の戦略によって、大方の業績が決まっているか
  2. 自組織の戦略を移行できる製品、サービス、プロセスの機会があるか
  3. 中核市場の外部に機会(または脅威)はあるか
  4. その機会は、自社の中核となる組織能力や関連するアイデンティティの脅威となるか

これらが揃ったときに、上級リーダーを巻き込んで企業として戦略的意図をもって刷新を進めることが必要になってきます。

「経営陣の関与・支援」

探索と深化の両利きの経営を実践するには、資金や支援の供給母体としての経営陣が極めて重要です。まさに経営陣の積極的な関与がないと、探索型の製品やサービスは往々にして邪魔なもの、脅威、資源の浪費と見なされ、成熟事業の短期的な需要の犠牲になってしまいます。探索と深化の間でバランスをとるだけでも、すでにさじ加減が難しいのに、幹部チームから出されるシグナルにバラツキがあると、それが一層難しくなってしまうからです。

「組織構造」

組織設計に関するある研究では、革新的ユニットを構造上、分離させることは一連のイノベーションを成功させる鍵だとされているそうです。ただし、本書では前述のように両利きの経営にとっては構造上の分離は必要条件だが十分条件ではないとしています。

両利きの組織の設計をめぐる実証研究では、両利きの経営のために機能横断型チームを起用しても不成功に終わることが分かった。必要な調整を展開できるのは、探索ユニットを分離したときに限られ、機能横断型チームやプロジェクトチームではうまくいかないのだ。(p306)

とし、探索ユニットを分離することは必要であるとしつつ、

探索ユニットは自ら調整するための独立性だけでなく、大組織の資産や組織能力へのアクセスも必要としている。したがって、分離と統合を両立させなくてはならないのだ。(p298)
大切なのは、新規事業の正当性が認められ、拡大を始めるにつれて、必要に応じて本社の資源を十分に利用できるようにすることだ。そういう効果的な仕組みが無ければ、(中略)探索ユニットは苦戦を強いられ、勢いを失っていく。(p300)

として、既存組織へのアクセスも確保することが必要だとして、「分離と統合」の両立を訴えています。
まぁ理論的は分かりますが、こんな「鵺」的な存在の組織でうまくいくのでしょうか。経営陣と探索ユニットのリーダーのリーダーシップが大事になってきそうです。

「共通のアイデンティティ

「分離と統合」の両立にも関係すると思いますが、探索事業と深化事業にまたがる共通のアイデンティティが必要だとしています。
協力が必要なことを正当化する共通のビジョンがない限り、探索事業と深化事業は互いに邪魔や脅威とみなす可能性が高いからです。ビジョンがあれば、従業員は探索において重要な長期的なマインドセットを身につけやすくなるのに対して、共通のアイデンティティが無い場合には、なぜユニット同士が競い合うのではなく互いに協働すべきなのか、という話になってしまいがちなのは理解できます。

ただ、やっぱり「あれもこれも大事」(非エッセンシャル思考)と言っているように思えてしまいます。

両利きのリーダーシップ

このような探索と深化の両立という難しいかじ取りの成否は、やはりリーダーシップの問題に帰着するのではないかと思います。
本書でも、両利きのリーダーシップとして5つポイントを挙げています。

  1. 成長に向けて感情移入のできる抱負を定める
  2. 儀礼的な文書化された計画プロセスではなく、対話として戦略を扱う
  3. 今後起こることを教えてくれる実験を通じて成長する
  4. リーダーシップコミュニティを刷新活動に巻き込む。少なくとも幹部チームがかけてくるものと同等の圧力が、ボトムアップから生じるようなプロセスを設計する
  5. 実行するための規律をもたせる。刷新は一夜漬けの仕事だと甘く見てはいけない。

そういうリーダーシップが発揮できるリーダーがいれば、「両利きの経営」は可能ということであれば、まずは両利きのリーダーを育てることから始めなければならないように思います。卵(両利きのリーダー)が先か、ニワトリ(両利きの経営)が先か。本書を読むことでかえって悩みが深くなりました。
あ、これも両立させよ、ということか。いま気づきました。